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ローマの天使 アレッサンドロ・モレスキ

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20世紀初頭にモレスキが録音したレコードは現在1枚のCDにまとめられ、何種類か発売されている。
管理人が聴いたのは、OPAL盤(OPAL CD 9823『MORESCHI - THE LAST CASTRATO』)と、Truesound Transfers盤(TT-3040『Alessandro Moreschi』)だが、ここには日本でもっとも流通していると思われるOPAL盤に収められている順に記載した。

01.Domine Salvum Fac Pontificem Nostrum Leonem

Giovanni Aldega作曲
(ソプラノソロと合唱、ピアノ伴奏、1902年録音)

 

ジョヴァンニ・アルデーガはこの時代の作曲家。
歌詞はレオ13世を讃えるものだ。

 

19世紀のローマには、ミサ曲を書く作曲家がたくさんいた。このCDにもいくつかが収められているが、宗教的な歌詞に曲がつけられているものの、音楽自体はロマン派らしい流麗な旋律をもつものだ。
サロン音楽のように聴こえるものもあれば、オペラ・アリアのように華やかなものもある。この曲はどちらかといえば後者か。
曲の最後でモレスキはフォルテで高いB♭を歌い上げるが、そこにはオペラティックな雰囲気がある。
彼が少年時代にスコーラ・カントルムで勉強した曲には多くのオペラ・アリアが含まれていたし、現代と比べると19世紀は、作曲や演奏の様式において、舞台音楽と教会音楽の垣根が低かった。

 

 02.Et incarnatus est / Crucifixus
Luigi Pratesi作曲
(独唱、終わりに合唱が伴う、ハルモニウム伴奏。1902年録音)

 

ルイジ・プラテージも19世紀の作曲家。Track1に比べ、やや宗教色が濃い作品。
テキストはミサ通常文より「クレド」の部分。

 

Truesound transfers版のマスタリングの威力をもっとも感じられるトラック。
OPAL版ではかなり音質が悪いが、Truesound transfers版では鑑賞にたえる音質になっている。
Truesound transfers版を聴くと伴奏をつとめるのはハルモニウムだと思われる。
ピアノに比べ録音機器が拾いにくい音質であるため、OPAL版では雑音に埋もれてしまっている。

 

「Maria Virgine」のテキストをたたみかけるように繰り返す部分が特に印象的だが、曲全体に感情の高まりを感じられる。
彼の歌う宗教曲は平安だけでなく、敬虔な魂の高揚を感じさせる。

 

 03.Ideale
Francesco Paolo Tosti作曲
(独唱曲、ピアノ伴奏、1902年録音)

 

これは唯一、7インチレコードでリリースされた。

 

「理想の人」という邦題で日本でも親しまれているトスティ(1846-1916)の歌曲。
トスティはサロン音楽の作曲家として、当時もたいへん人気があり、イギリスに渡って成功している。

 

若い頃、ローマのサロンで夜ごと上流階級の人々の耳を喜ばせたモレスキは、宗教音楽ばかりでなく、世俗曲の表現にも長けていたと思われる。
宗教曲にはない一種の艶っぽさがある。
可憐なピアノ伴奏に乗って、手の届かない憧れの人への想いを歌う彼の声は美しくも切ない。

 

その場にいたほかの聖歌隊員たちが、曲が終わるか終わらないかのうちに「Bravo!」と声をあげ、拍手を送っている。
当時モレスキは指揮もつとめ、聖歌隊の中で指導的な立場にあったが、聖歌隊員たちのにぎやかな喝采を聴くと、彼は親しみやすい人物だったのかもしれない。
ざわめきの最後のほうに、かすかに「Grazie(グラーッツィエ:ありがとう)」という声が聴こえる。
これは、メンバーの称賛にモレスキが答えた声ではないかと、web上で指摘されていた。
また音量を上げると、曲が始まる前に誰か(録音技師?)が合図を送り、そのあとで曲タイトルを言っているような声が聴こえる。

 

 04.Ave Verum Corpus
Salvatore Meluzzi作曲
(合唱、1902年録音)

 

サルヴァトーレ・メルッツィ(1813-1897)は、サン・ピエトロ大聖堂聖歌隊の指導者だった人物。
チェチリアニストであった。

 

Track6のモーツァルトの作品と同じテキストに作曲されている。
これは聖体祭賛歌、聖体賛美歌などと呼ばれる音楽で、聖体の秘跡に対する祈りのテキストである。
ほかの曲の合唱においても同様だが、高声部を担当しているのは少年たちとわずかに残っていたカストラートたちである。

 

 05.Tui sunt coeli
Gustav Edward Stehle作曲
(合唱、1902年録音)

 

同時代の作曲家による聖歌。

 

 06.Ave Verum Corpus
Wolfgang Amadeus Mozart作曲
(合唱、1902年録音)

 

モーツァルトの有名な小品(K618, 1791)。「おお、まことのからだよ」の訳題で知られているかもしれない。
テキストはTrack4と同じ。

 

4,5,6とも単に「合唱」としてしまったが、CDの解説書では、
4は「システィーナ礼拝堂の歌手たちによる」となっており、
5は「システィーナ礼拝堂聖歌隊の演奏」、
6は「四重奏とシスティーナ礼拝堂の歌手たちによる」と書かれている。

 

 07.『小荘厳ミサ曲』よりCrucifixus
Gioacchino Rossini作曲
(独唱曲、ピアノ伴奏。1902年録音)

 

ロッシーニ晩年の傑作のひとつである、『小荘厳ミサ曲』からのソプラノ独唱曲。
通常文「クレド」からの一部分で、華やかな合唱にはさまれた静謐な独唱部分。

 

1902年のレコーディングにおいて最初に録音された曲が、この曲だという。
モレスキにとって人生初の録音となるわけで、曲頭では声に緊張が現れている。
ただ1分ほど経った頃にはずいぶん落ち着いてきて、本来の表現豊かなところを見せてくれる。
しかし曲の最後では、早くレコーディングを終わらせてしまいたかったのか、一歩早くコーダに移りそうになっている。
現代なら、と言わず1920年代にもなれば、こうした場合は当然録音しなおされただろうが、1902年の当時は原盤が大変高価だったため、テイクを重ねることはできなかった。

 

 08.『小荘厳ミサ曲』よりCrucifixus
Gioacchino Rossini作曲
(独唱曲、ピアノとハルモニウムによる伴奏。1904年録音)

 

Track7と同曲。
この曲のみが1904年に再度録音されているのは、2年前の録音の出来に納得できなかったモレスキ自身が希望したためと言われている。

 

テキストはイエスが十字架に架けられ、受難を受け、葬られるシーン。
1902年のものよりその悲痛な雰囲気が伝わってくるような気がする。

 

 09.Pie Jesu
Ignace Xavier Joseph Leybach作曲
(独唱曲、ピアノとハルモニウムによる伴奏。1904年録音)

 

CDの解説書では、LeybachではなくLeibachと綴られている。
Ignace Xavier Joseph Leybach(1817-1891)は、ストラスブール(フランス北東部の港町) 出身のピアニストでオルガン奏者。
テキストはレクイエムの続唱(セクエンツィアSequentia)の「涙の日(Lacrimosa)」に含まれる一部分。

 

この曲は1963年、ケネディ大統領の葬儀ミサにおいて、テノール歌手ルイジ・ヴェーナによって歌われた。

 

 10.Hostias et Preces
Eugenio Terziani作曲
(独唱曲、ピアノとハルモニウムによる伴奏。1904年録音)

 

Eugenio Terziani(1824-1889)はジュゼッペ・バイーニの弟子。

 

テキストはミサ固有文の奉献唱(オフェルトリウムOffertrium)。
捧げ物を祭壇に供える奉納の儀で歌われる。

 

このレコードは、発売当時、モレスキのレコードの中でもっとも人気の高いものだった。
確かに、静かに歌う彼の声はなめらかで美しく、声区の転換もまったく気にならない。

 

Track9,10ともに宗教的なテキストを持っているものの、ロマン派歌曲らしい旋律の曲だ。
ニコラス・クラプトン氏は、サロン音楽、もしくはオペラのような、世俗的な表現が似つかわしい、こういった曲のほうをモレスキが得意としたのではないかと憶測している。

 

 11.Preghiera
Francesco Paolo Tosti作曲
(独唱曲、ピアノ伴奏。1904年録音)

 

こちらもトスティの歌曲。ただしトスティにしては珍しく宗教的な歌詞である。

 

前奏、間奏、後奏が省略されているのは、当時のレコードの録音時間が短かったためだと考えられる。
原盤番号は2185hで、2182hのCrucifixusから12分以上続けて録音されている。
「Signor,pieta(主よ、憐れみください)」と歌う最後の部分で、高いGへのスライドの途中、ピアニッシモにしすぎたために一瞬音が途切れるのは、そのためだと憶測されている。

 

 12.Ave Maria
J.S.Bach/Charles Gounod作曲
(独唱曲、ピアノとバイオリンによる伴奏。1904年録音)

 

現在残されているモレスキのレコードのうち、もっとも有名な曲だろう。

 

1722年にバッハが作曲した《平均律クラヴィーア曲集 第1巻》の「前奏曲 第1番 ハ長調」 に、グノーが歌の旋律を書き、1959年に発表したもの。

 

音域はハイCの半音下のB?(ドイツ音名=H)まで上がっており、彼が録音した最高音が現れる。

 

Track1, Domine Salvum Fac Pontificem Nostrum LeonemのB♭はフォルテで力強く歌われているのに対し、こちらは音量を押さえ、澄んだ美しい音色を聴かせる。
高音でピアニッシモを出すのは技術的に難しい。
また音域の最高音に近付くにつれ、咽頭と共に舌根が持ち上がり、音の出口が狭くなるため、きつく締まった響きになりがちである。
だがここで聴かれるB?は澄んだ響きで、録音当時のモレスキの音域がもっと上まであったことをうかがわせる。

 

 

 13.Incipit Lamentatio
(グレゴリオ聖歌)
(無伴奏、1904年録音)

 

テキストは「エレミアの哀歌」として知られる旧約聖書の詩句。
不信心のために神の罰を受け、エルサレムがバビロニアに攻撃された苦痛を描いている。
預言者エレミアの作ということになっていたが、現在では否定されている。

 

この曲は、復活祭の前「聖週間」の朝課において歌われる。
朝課とは夜明け前に行われる儀式。
聖週間の朝課においては、イエスが息をひきとり、地上が絶望に包まれた様子をあらわすため、ローソクが消されてゆく。
そのためこの儀式は暗闇を意味する「テネブレ」の名で呼ばれる。
この重要で厳粛な儀式においてソロを歌い出すことは、第一ソプラノとしての輝かしい勤めであった。
モレスキは長年歌ってきたメディチ家版のスコアを用いている。
この版はパレストリーナの時代よりさらにさかのぼる伝統的なスコアだったが、1903年に発布された「モトゥ・プロプリオ」では採用されなかった。
こうした事情のために、このレコードはローマ・カトリックの影響が強い地域では発表されず、ロシアと東欧のみでリリースされた。

 

 14.Laudamus Te
Gaetano Capocci作曲
(ソプラノ、テノール、バスによる交唱曲、終わりに合唱が伴う。
 ピアノとハルモニウムによる伴奏。1904年録音)

 

カポッチはモレスキの師であり、作曲家・オルガン奏者であった人物。
テキストはミサ通常文の「グロリア」より。

 

テノールを歌うのはチェザーレ・ボエツィ、バスはアルマンド・ダードである。
またこの曲では指揮もモレスキが担当している。

 

OPAL盤で「Laudamus te」として収録されたこのトラックは、実際は8分半余りに渡って録音された「Messa di san bonaventura」の中盤2分半あたりから現れる三重奏部分である。
初期のレコードは録音時間が短かったため、原盤は3枚に分かれており、OPAL盤に収録されたのは真ん中の部分にあたる。
Truesound transfers盤では全曲通して聴くことができ、合唱→三重唱→合唱→テノール独唱→合唱という構成を持った曲であることが分かる。

 

この三重奏部分だけを聴いても、チェザーレ・ボエツィの音程はシャープしがちである。
彼のピッチは、ソプラノパートが入ると安定するのであまり気にならないが、「Messa di san bonaventura」として通して聴くと、独唱部分ではかなり上ずっている。
だがボエツィは、ピッチに欠点はあるものの、力強く輝かしい声を持っている。

 

 15.Improperia
Tomas Luis de Victoria作曲
(無伴奏の合唱曲、1904年録音)

 

ビクトリアはルネッサンス後期のスペインの作曲家。
パレストリーナと同様に、現代でも大変高く評価されており、よく演奏されている。

 

聖週間の聖務日課(Officium Hebdomadae Sanctae)より「とがめの交唱」と呼ばれるインプロペリア。
「インプロペリア」とはラテン語で「叱責」を意味する。
十字架に架けられたイエスが群集に向かって、
「私があなたたちに何をしたというのか、あなたたちを苦しめたことがあっただろうか、答えて欲しい」
と問いかける言葉がテキストになってる。
聖週間の聖金曜日のための音楽。

 

 16.La cruda mia nemica
Pierluigi da Palestrina作曲
(ソプラノ、アルト、テノール、バス、無伴奏。1904年録音)

 

ルネッサンス後期の作曲家として有名なパレストリーナの曲で、この曲は4声のマドリガル集第2巻に収められている。
パレストリーナは「宗教音楽の歴史」の項目でもふれたように、教会が理想とした多声音楽の作曲家であったが、この曲の歌詞は恋する女性のつれなさを嘆いたもの。

 

モレスキ以外の3人の歌手については名前が分かっていないが、アルトを歌っているのは、カストラートのドメニコ・サルヴァトリ(1855-1909)ではないかとクラプトン氏が著書に書いている。

 

 17.Oremus pro Pontifice
Emilio Calzanera作曲
(ソプラノソロと合唱、ピアノとハルモニウムによる伴奏。1904年録音)

 

これは唯一、12インチレコードでリリースされた。
指揮はチェチリアニストのロレンツォ・ペロージだが、そもそも曲自体が世俗曲を思わせる。
この曲を書いたエミリオ・カルツァネーラは、1879年からシスティーナ礼拝堂聖歌隊でバスとして歌っていた。
親しみやすく美しい旋律を持った曲で、ソロと合唱のメリハリもあり、盛り上げ方も素晴らしい。
テキストは1903年に亡くなったレオ13世を讃えるもの。
レオ13世は死の直前、カストラート排斥を盛り込んだ「モトゥ・プロプリオ」にサインをしている。
この曲を歌うモレスキの心情はいかばかりであったろうか。
真のプロとして私情を廃し、教皇への賛美を歌い上げている。


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