ローマの天使 アレッサンドロ・モレスキ

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この章では、標準ピッチの移り変わりと、初期録音の録音時における回転数について書いています。

1)標準ピッチについて

ピアノ

現代では自宅のピアノと学校のピアノで、「ド」の高さが違うなどということは普通考えられないし、フランスのオーケストラはイタリアのオーケストラより全音低いなどということもなくなった。
これは国際的に「標準ピッチ」が定められたからだ。
標準ピッチは、ピアノの中央あたりのド(C)から6度あがったラ(A)の周波数で表され、現代では「A=440ヘルツ」に統一されている。

 

だがこの標準ピッチが定められたのは20世紀になってからである。
まず1917年にアメリカ音楽協会が、1920年になるとアメリカ政府がA=440Hzで合意する。
1925年にはアメリカの音楽業界はA=440Hzで統一された。
1939年5月にロンドンで開催された標準高度の国際会議でA=440Hzとすることが定められた。
ただし現在、このピッチが厳密に守られているかというとそうでもなく、ウィーン・フィルやベルリン・フィルのようなオーケストラでは、音の輝かしさを求めて標準ピッチよりわずかに高いピッチにチューニングしているそうだ。

 

一方現代でも、17、18世紀の音楽を演奏するときは、「古楽ピッチ」と呼ばれる半音程度低いピッチに調律されることが多い。
だがバロック時代のピッチが現代より低いかというと、必ずしもそうではないという。
また同じ時代でも、フランスは低くイタリアは高いというように、国や地域によってばらつきがあった。
教会で演奏するときは、それぞれの教会のパイプオルガンにあわせて調律するので、教会ごとにピッチが異なる状態だった。

 

サン・マルコ大聖堂

パイプオルガンの調律はパイプを削る方法だったので、ほかの楽器や歌手がオルガンにあわせるしかなかったのだ。パイプを削ると音が高くなるので、ヴェネチアのサン・マルコ大聖堂のように歴史ある教会ほどピッチが高かったという話もある。年数を経るうちにあまりにピッチが高くなってしまうと、パイプを1本ずつ低い鍵盤用に移し変え、もっとも長いパイプを新調したそうだ。


 2)19世紀後半のピッチ

それではモレスキが聴いたり歌ったりしたピッチはどれくらいの高さだったのだろう? 19世紀後半から20世紀初頭にかけての標準ピッチの移り変わりについて、調べてみた。

 

ドレスデン歌劇場

19世紀にはスタインウェイ社も435Hzから460Hzまで、幅広いピッチを使っていたが、早くも1834年、ウィーンのピアノ制作者がA=440Hzを提唱したことがある。
またパリ音楽院とドレスデン国立歌劇場もA=440Hzを使っていた(写真はドレスデン歌劇場)。

 

ただしイギリスのピッチはA=450Hz以上、アメリカではさらに高いピッチが使われることもあり、世界的な統一ははかられていなかった。

 

イタリアでは1884年、ヴェルディがイタリア政府にA=432Hzで統一するよう申し出た。
ヴェルディは「我々がローマでAと呼んでいるのは、パリではBフラットである」と嘆いていたし、オーケストラのピッチがA=450Hzだったという理由で、自作のオペラの指揮を拒んだこともあった。

 

オーストラリア出身で、フランス・オペラ界で活躍したネリー・メルバ(1861 - 1931)は、20世紀初頭というモレスキと同じ時期に録音を残しているが、彼女は「フレンチ・ピッチ」と呼ばれたA=435Hzでレコーディングしているそうだ。

 

ところで我が国日本では第二次世界大戦終結後にA = 440 Hzを導入したが、それ以前はA = 435 Hzを用いていた。

 3) レコードの回転数

国際基準が定められていないのは、標準ピッチだけではなかった。
20世紀初頭にはレコードの回転数にも統一規格がなく、78回転が一般的だったものの、80回転で録音したものも存在し、各国、各社でばらつきがあった。
録音時より速い回転数で再生すると、曲のテンポが上がるだけでなく、ピッチも高くなってしまう。
前述したように、演奏された正確なピッチにも確証が持てないために、この当時のレコードは再生時に回転数を決めるのが難しい場合もある。

 

1904年にモレスキと聖歌隊が録音した「Oremus pro Pontifice」は、Truesound Transfers盤のCDで聴くと変ホ長調だが(中間のソプラノ・ソロ部分)、youtubeにはもっと速い回転数で再生した半音高い「Oremus pro Pontifice」がupされている。

 

まずTruesound Transfers盤の音源。

 

 

次に回転数が速いもの。

 

 

ノイズはあっても蓄音機サウンドには迫力がある。
ノイズ・リダクション(ノイズ成分を低減する処理)を行うと、僅かながらでも音楽の成分を削ってしまうことになるからだろう。

 

『ノイズレスSPアーカイヴズ』シリーズの『伝説の歌声Vol.1 〜聖なる響き〜』には、「Pie Jesu」と「Hostias et preces」が収められているが、OPAL盤やTruesound Transfers盤より速い回転数で再生したようで、調が半音高くなっているし、曲の長さも数秒短くなっている。
モレスキの声もかなり細く聴こえるが、これはノイズ・リダクションをかけ過ぎていることも理由のひとつかも知れない。
ホワイトノイズさえ聴こえないほど、ノイズが取り除かれている。
伴奏のピアノの音も、何かほかの楽器に聴こえるほどだ。


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